2000年12月05日施行

第6条

自己満足は自制心


サーキットまで自走してきたら、必ず美しい姿のまま帰路についてください

[提案]

 第3条に書いたとおり、ドラキンがはじめてサーキットでドリフトをマスターし、ドリキン土屋圭市と自分をダブらせた時のような体験を、まさに自己満足というのだろう。走行後にサーキットのコントロールタワーを訪れたら「危ない事するネェ」とは言われたが、「カッコいいね」とは言ってくれなかった。一緒にコースを走っていたドライバー仲間も「よく怖くないね」と言うだけ。
 自己満足というと聞こえがよくないが「ドライビング」においては非常に都合のよい言葉なのである。満足できなければ次々と新しいテクニックやスピードの領域に挑戦する事になる。チャレンジするのはスポーツには大切なことだが、高性能なクルマを扱うとなると時には命取りとなる。ましてクルマの善し悪しを判断することが出来ないまま無謀なことを繰り返せば・・・。アクセルを踏むこと、ブレーキを踏まないことはテクニックがなくても度胸(無謀という方が正しい)や勢い(見栄という方が正しい)で出来る。その結果がストリートで多く起こる自損事故である事は今更説明するまでもない。運よく事故に遭遇しなくとも、世間から「競争族」「ローリング族」「ドリフト族」などと、冷たい視線を浴びるのはつまらない。中には「クラッシュするのも必要な経験」とか「限界を超えてみて解ることがある」などと、平気で言ってのけてしまう人もいる。クラッシュした時、限界を超えた時には生命の危険と隣り合わせであり、たとえ怪我がなくとも精神的・経済的打撃が待ちうけている。だから絶対にストリートでもサーキットでもクラッシュしてはいけない。自己満足の範囲で充分。自己満足とは自制心の裏返しなのだ。 

 他人から認められることよりも自己満足の連続でよい。無事で、楽しく、長く「ドライビング」を続けることが出来たなら、必ず自己満足のレベルは上がってゆく。その延長線上に他人からの評価があっても遅くない。「それでもモータースポーツだから限界を超えてしまうのは仕方ない」と思うだろう。ならば、せめてサーキットだけにしよう。月5回のワインディングロードよりも1回のサーキット。自己満足の意味が充分に理解できる方ならば、ワインディングロードに通っても構わない。ただし出来る限り、誰もいない場所と時間を選ぶべき。ギャラリーなどとんでもない。自己顕示欲が強い事はおおいに結構だが、自己満足のレベルの際限がなくなってしまう罠にご用心願いたい。大切なクルマで長く走り続けていただくために。



ドラテク皆伝第3条

ドラテク皆伝第5条

ドラテク皆伝第7条

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