2001年2月22日施行
第16条
ドライビングセンスの要素
[余談]
「ドライビングセンスある?」と聞かれたら、「ない」とは言えない仕事に就いてしまったので、筆者にはドライビングセンスがある。高校1年生までは真面目なサッカー少年だったのだが、悪友に原付バイクの味を教えられてしまったのが運の尽き。1年後には限定解除まで到達してしまった。限定解除といっても馴染みのない方がいるかもしれないので念のために説明しておくと、筆者が高校1年生の時に道路交通法が改正されたもので、教習所で自動二輪免許証を取得しても400ccまでの自動二輪車しか乗れない「中型二輪」という限定条件が付いてしまったもの。憧れのナナハン(これも死後かな)に乗る為には、自動車運転免許試験場で実技試験に合格しなければならなかったのだ。この実技試験制度のことを限定解除と呼んでいた。本来の限定解除の意味は、免許証の条件(眼鏡やオートマチックなどの限定条件)を解除すること。高校1年生で筆者がサッカーに寄り道しなければ余計な苦労をしなくて済んだのだが)そういえば筆者は「共通一次試験」(現在は大学センター試験)も1期生で、国公立大学を受験するためにはこれを受けなければならなかった。どうやら、はじめての事が好きらしい。
オートバイで目覚めてしまった「走る機械を操る魔力」はとどまるところを知らなかった。高校を卒業するまで待ちきれずにサーキットまで行動範囲は広がっていた。おまけに四輪の免許証も高校三年生在学中に取り、アルバイトで買った360ccの軽自動車で通学するようになる始末。結果的に大学受験浪人という都合のよい地位を獲得し、せっせと二輪で四輪で、峠のワインディングロードと彼女のアパートに通う(たまに予備校)日々を過ごすことになった。まぐれで大学生になった頃には、峠でもサーキットでも自信満々の鼻高じいさんになっていたので、その頃から今日に至るまでドライビングセンスがあると思い込んでいる訳である。
[考察]
さて余談が長くなった。テーマはドライビングセンス。こんなもの誰でも同じであれば、わざわざ説明しなくともよいのだが、残念ながらドライビングセンスは誰にでも備わっているものではない。まえがきで車庫入れの話に触れたが、男女によって車両感覚に大きな差があるのはどうやら事実のようで、一般論だが男性は前進後退や車幅感覚などの車両感覚や方向感覚に強い。一方女性は方向感覚よりも目印やイメージで場所を認識する感覚が強いらしい。ではこの本で取り上げている「ドライビング」についてはどうなのだろう。持ち合わせるセンスに男女差や個人差はあるのだろうか? ここからは一般的ドライビングセンスではなく、「ドライビング」センスの話である。
その要素を考えてみると、スピード感覚を含めた動態視力、瞬間的に行動する無条件の判断力、運動神経、体力、意志の強さを決定する精神力などである。こうして具体的に書き綴ってみると、どれも訓練や単なる慣れで解決するものばかり。唯一精神力と運動神経については個人差がありそうだが、レースに参戦しなければこの2つはクリアできるだろう。逆にレースでひと旗上げようと考えるならば、全てを備えなければならないということである。プロレーシングドライバー達やドライビングテクニシャンたちの中で、二輪経験者が比較的早く頭角をあらわすのは、上記の1番目の動態視力、2番目の判断力が四輪のステアリングを握る段階ですでに備わっているためである。